するすると、器用な指が額から髪の間をくぐり、布を巻きつけて最後にきゅっ、と後ろから引いた。

手当てをする花月の腕からは、まだわずかに湯の香がする。

十兵衛は、花月に無限城から引きずり出されるかたちで、この温泉宿に治療に来ていた。

「はい、終わり」

「すまないな」

「うん」

背後で鈴が、リン、と鳴る。

しかしいつもならばすぐ隣に移るはずのその音が、耳元でもう一度、鳴った。

「花月？」

とさり、と背中に体が預けられ、水気を含んだ髪が、十兵衛の頬に触れる。

「目・・・治らないね」

言った声は、苦しげで。

それは、十兵衛をも苦しくさせる。

「これは、愚かな俺への罰だ。貴様が気にする必要はない」

それは、事実だった。

自分の罪は、自分で償わなければならない。

本来ならば、命をもってあがなうはずの罪だ。この目だけで済んだのが、むしろ心苦しいほど。

しかし、花月は言い募る。

「君を傷つけた張本人の僕には、君を心配する資格はないんだね」

「そんなことは言っていない」

言って、背中に張り付いたぬくもりを引き剥がそうとするが、花月は十兵衛の腕を避け、いっそう体をその背に押し付けた。

「うぬぼれかも、しれないけれど。僕が無限城を出て行かなければ、こんなことにはならなかったかもしれない」

そうかもしれない。

花月だけでも残っていれば、あるいはマクベスも他の道が模索できたかもしれない。

「しかし、貴様は出て行きたかったのだろう」

「うん、そうだね。でも、せめて無理にでも君を連れ出していれば・・・」

十兵衛の左肩を暖めていた腕が離れた。そして、包帯越しにもわかるしなやかな指が、光を失った目の上を覆う。

「十兵衛と僕が、戦うことはなかっただろう？」

そしてそのまま、暖かな腕に抱かれて、十兵衛は困惑する。

「出るときに、大喧嘩になったに違いない」

「・・・・そうだね、繰言だ」

「十兵衛は、どうして無限城に残ったんだい？」

それは、封じていた疑問。

「どうして、僕についてきてくれなかったの？」

その事実に、ひどく傷ついた自分がいた。

彼が共に来てくれると、信じて疑わなかった傲慢な自分に、愕然とした。

たったひとりで歩きはじめて、学んだことは多かったけれど。

あの時受けた傷は、今も塞がらないまま、時折ひどく、痛む。

彼の持つ理由が、おぼろげながら見えてきた今でさえ、痛い。

だから十兵衛の口からその理由を聞きたかった。

ぴたりと体を寄せて。

互いの鼓動も匂いもぬくもりも、感情の揺らぎさえわかりそうなほどに寄り添って。

花月は十兵衛の答えを、誘う。

「残されたマクベスを、放っておけなかったからだ」

「そうだね、君は優しいから。・・・・でも、それだけ？」

ほんとうに、それだけ？

「何を言わせたい」

「だから、理由だよ」

わずかに髭の伸びかけた顎、わずかな凹凸に指を滑らせて。

「・・・お前、わかって言っているだろう」

「あの時はわからなかった。今だって確信はない。そんなに僕は自信家じゃないよ」

「自分が残れば、マクベスを救えたかもしれないなどと、先ほど言ったばかりの男の科白ではないな」

むう、と頬をふくらませ、その頬を十兵衛の頬にすり寄せる。

「そこまで言ってない」

「同じだろう」

「・・・・・」

ちょっと、奥の手。

「僕はね、怖いんだよ」

弱みをちらつかせるのは、卑怯かな？

「絃の花月が何を言う」

「風鳥院花月には、世の中は怖いものばかりだよ」

「俺が守ってやる」

どうしても、言わないつもりか、この男は。

欲しいものを欲しいと言えないサムライ。

ならば、僕が。

「じゃあ、君から僕を守れるものは、ないね」

耳元で、囁いて。

珍しくさらされている首筋に、ぴたりと頬を押し付ける。

そこがこんなにも熱いのは、湯上りのせいだけではないだろう。

その熱に勇気を得て、花月は十兵衛にぎゅうっとしがみついた。

ほんとうに

世の中怖いものばかり

今

一瞬先が、こんなにも

怖い

「花月、それは、俺の長年の努力を無駄にしているぞ」

十兵衛の声は、内容とは裏腹に、諦めの色が濃い。

「無駄じゃない。離れてみないと、気づかないことも多いからね・・・・だから僕は、無限城を離れたんだ」

出会ってから、こんなにも離れていたことは初めてだった。

いつでも、いつまでも側にいると信じていた頃には、見えなかった真実。

「あいしてるよ、十兵衛」

十兵衛は、大きく息を吐いた。

「・・・・・・ああ、俺もだ」

肩に乗った頭へ手を添えて、そうっと向きを変えさせる。

それからいったんためらって、十兵衛は花月に口づけた。

触れるだけのキス。

それから、もう一度ためらうそぶりを見せた十兵衛に、花月は自分からキスをする。

そのまま、きつく抱きしめられて。

唇が離れて、床に横たえられて、髪の鈴が、リリン、と鳴って。

そうして見上げた十兵衛は、『雄』の貌をしていた。

「すまない、花月・・・」

「どうして謝るの？誘ったのは僕なのに」

キスを繰り返した唇が、拗ねて、尖る。

「これから、お前に酷いことをするからだ」

「優しくしてくれるなら、多少痛くてもがまんするよ」

「・・・・・・・・自信がない」

洩らされた声は切実で情けなくて、花月はくすくすと笑って、仕方がないな、と呟いた。

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